プロレタリア文化大革命・・・2
中国はソ連をアメリカと並ぶ大国主義・帝国主義と非難したので、かつてコ枚岩の団結」を誇った両国関係には大きな亀裂が入りましたた。
中国国内でも毛沢東路線への反対が表面化していった。
六六年、毛沢東は林彪など左派の支持を得て劉少奇や郵小平ら幹部を修正主義者として権力の地位から追い、全国にプロレタリア文化大革命の発動を訴えました。
これに応じて各地では青年を中心に「紅衛兵」による「文革小組」を中心に大衆運動が展開され、党や中央・地方の政府幹部、知識人を攻撃しました。
その後十年間にわたるこの大衆運動の期間は、政治・経済の混乱が続きました。